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花咲じいさんや、
池に落とした斧のお話など
「よくばり」をいましめるおとぎ話は、
たくさんあります。

でも、よくばりを戒めているお話しのはずなのに
欲張りでなかった主人公がしばしば
大金やたからものを手に入れているのは
どういうわけなのでしょうか。


何かを手放したりあきらめたりする力は
人生を小さくまとめるためのものではなく
もしかしたら、
とても大きな財産を扱うのに、
必要な力なのかもしれません。

なにかを失うことを極端に恐れたり
慣れ親しんだ、
自分が価値あると認めてきたものにしがみつくとき

人は、
大きな宝物や幸せを受け取れる状態には
なっていないのかもしれません。




http://www.crispysand.jp/#bluebirdbook/
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盲点は、
視線を動かすと盲点ではなくなります。


一つの方向をじっと見つめるのをやめたとき、
何もないと思い込んでいた場所に
探していたものが見つかることも、あるのだと思います。

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頑なに思いこみすぎるとこがあるのは、否めないなぁ。
ひたむきに想う、のと、頑なに思いこむ、のとを一緒にしないように。

しなやかに。



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探偵は「手掛かり」を追いかけます。
小さなドアの傷や落ちているピンなど、かすかな兆しを見逃さず
ひとつひとつ、持ち主や理由を探っていくうち
「道筋」が見えてきて、やがて、結論にたどり着きます。

そんなふうに、生活の中にも
何かをたぐり寄せるようなできごとが起こります。
ちょっと気になった紐をひっぱったら
それにつながった様々なものが次々に手に触れ、
それをひとつひとつ、たぐりよせているうちに
いつか、大きなものが手に入ることがあります。

手に触れたものが期待通りのものでなくとも
そんなふうに、願いに結びつく「手掛かり」となることもあるのです。


人生の目的は、
幸せになることです。

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必要なときに行動しないのも、
ひとつの悪い行動だということです。

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腕と足は別物です。
しかし、足に何か不具合が生じれば、
自然と手が下りて助けにいきます。

同じように、この社会の中で
どこかに不具合が生じたら、
私たちは助けにいかなければなりません。

なぜかって?

それは身体の一部だからです。
私たちの一部だからです。

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充足させたと思っても、
いっそう強くぶり返してくるのが欲望の本性です。
この罠にかかる人は、海水を飲む乾いた人に似ています。
飲めば飲むだけ、喉が渇きます。

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ダライ・ラマ14世 「抱く言葉」
# by 2005_momo | 2011-05-30 19:27 | にがい

相手に受け止めてもらえないかもしれないと思うと、
表情や言葉は暗くしつこく、
言い訳がましくなります。


相手に受け止めてもらえるだろうなと思うと、
コミュニケーションは明るく軽やかになります。


前提ひとつで結果が大きく変わる、
ということもあるのです。



http://www.crispysand.jp/#bluebirdbook/
<引用>
*****

私のためにすることは、あなたのためにすることです。

あなたのためにすることは、私のためにすることです。

つまり、

あなたのためにできなかったことは、私のためにできなかったことです。

私のためにできなかったことは、あなたのためにできなかったことです。


私を愛することは、あなたを愛することです。

あなたを愛することは、私を愛することです。

私が私自身を愛していないのに、どうしてあなたを愛せるでしょうか。

あなたがあなた自身を愛していないのに、どうして私を愛することができるでしょうか。

*****


自分を愛するということは、皆を愛するということと同義です。

他人を傷付けるということは、自分を傷付けることと同義です。

自分を認めないということは、他人を認めないことと同義です。

皆を認めないということは、自分を認めないことと同義です。

自分を苦しめるということは、皆を苦しめることと同義です。

皆の苦しみをそのままにしておくことは、自分の苦しみをそのままにしておくことと同義です。
# by 2005_momo | 2010-06-10 21:47 | 珍味?



アスパラガスとベーコンの
ディジョン粒マスタードクリームパスタ
厚揚げ番長 豆苗あんかけ
男前豆腐ともやしの味噌汁(牡蠣味噌)
ご飯、海苔

が、
<トロワ>で働くようになって、
店先で直接お客さんと顔を合わせているうち、
仕事というのは誰かのためにすることなのだと
当り前のことに思い至った。

その「誰か」を
できるだけ笑顔の方に近付けること__
それが仕事の正体ではないか。

どんな職種であれ、それが仕事と呼ばれるものであれば、
それはいつでも人の笑顔を目ざしている。


 『それからはスープのことばかり考えて暮らした』より

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きょうは午後から出かけ、
ささいなことから、ちょっとだけ
やけっぱちな気分になって、
ぜんぜん入りたくない駅前の喫茶店に入った。

席に座ったとたんに、
ああ、やっぱり違うなーとすごく後悔したのだけれど、
もうこの際だ、という気持ちもちょっとあって、
ぜんぜん食べたくないメニューまで注文。

まあ、そんな日もあるね。

ただ、そんな日を振り帰ってみると、
ちょっと笑顔が少なめな一日だったような。
少々反省。

そんな日もあるのだけれど、
明日からは、
仕事じゃなくても私から笑顔の方に近づいてみよう。
じゃないと、いざ、
仕事で人を笑顔に近付けるなんてきっとできないよね。



晩ごはんはスープ、ではなく、
アボカドとベーコン、チーズのオムレツ。




来週からいったん広島に帰るから、
食材やらを食べるか冷凍かしとかないと。

そして、
ずっと先延ばししていることに向き合わなきゃな。
きっと、だいじょうぶ。
# by 2005_momo | 2010-05-06 23:21 | 珍味?
入れたつもりの予定がなくなってしまい、
まあ仕方ない、と、
朝からホットケーキを焼いてみる。




こないだ手に入れた、童話のお菓子のレシピ本の影響だ。
ちびくろサンボのページにあった。
幼いながらも、トラ食べちゃうなんて怖い話だー、
と思いながら何度も何度も読み返したこと。

大きなホットケーキが
面白いように上手にふっくら焼けていくので
ついつい焼きすぎる。
朝食の1枚すら食べきれず、
明日の朝用に1枚残し、あとは冷凍庫へ。


ふと思い立って駒沢公園へ行くことに。
コーヒーを淹れなおしミルクコーヒーを作り、
読みかけの本と雑誌3冊をバッグに忍ばせる。

やはり休日の公園は人でいっぱい。
でも、ちょうどいい感じの木陰のベンチを発見。
腰を下ろす。

この陽気に半袖で出てきてしまったけれど、
うっかりすると涼しいくらいの心地よい空気。
見上げて深呼吸。






西加奈子『炎上する君』より

滑稽だけれど愛おしい不器用な人々の物語。
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周囲の人間に、馬鹿にされるだろう、笑われるだろう、
身の程知らずだと、おのれを恥じる気持ちにも、なるだろう。
だがそれが、何だというのだ。

君は戦闘にいる。恋という戦闘のさなかにいる。
誰がそれを、笑うことが出来ようか。

君は炎上している。

その炎は、きっと誰かを照らす。煌々と。熱く。

君は、炎上している。

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僕は風船にはなりたくない。

等間隔のまま、
傷つかない代わり、誰とも寄り添うことなく、
たった一人で浮き続ける風船には、なりたくない。

でも、恐怖にかられても、人に裏切られて傷ついても、
それでもまた、人間を信じて、
何度も傷ついて生きる、人間でいたいんだ。

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今の自分自身は、風船になっていないでしょうか?


不忍ブックストリート、一箱古本市へ。



シルヴァスタイン『ぼくを探しに』


名著だし買いたいとずっと思いつつも、
もちろん立ち読みで目を通した事はあったのだけれど、
なぜだか所有するにはいたらなかった。

なんだか吸い寄せられるように出会って、即購入。

なんだかうまく言えないけれど、
これまでは読んだって、
この本が書いてる本質がちゃんと理解できなかったでしょ?
でもようやく、ちょこっとは理解出来るようになったかもね、ハイ、どうぞ。

…って感じ。

店主さんの一言には
「自分探しが好きな日本人にはピッタリ?」なんて書いてあったけど…

…そうじゃないんだなー。うん。


「なるほど つまりそういうわけだったのか」 (一節抜粋)


ここ1カ月で出会った人、事、物が
(実際にはずいぶん前に出会っていたものも含めて)
ぜんぶ同じ事をいっていたんだ、ってことが分かったかんじ。
何度も繰り返し。


何にも分かってなかった、ってことが分かった。


足りない、足りない、じゃ逆なんだ。

足りてないんじゃない、このままだ。

「なるほど つまりそういうわけだったのか」

探さなくてもぼくは、ここに、ある。


ブクログ
# by 2005_momo | 2010-05-02 20:11 | うまい!
星って、どうして美しいか知ってる?

闇があるからだと思うんだ。

そう、真っ暗闇。
闇が濃ければ濃いほど、星ってきれいに見えるんだよ。
だって、昼間だって、本当は星が輝いているんだから。


嫌なこととかくるしいこととかって、
人生の中では、俺、闇の部分だと思うんだ。
でも、そういうのがなかったら、いいことっていうか
うれしいこととか楽しいこととか幸せなこととか、
光らないんじゃないのかなぁ。

ずーっと人生が真昼の明るさだったら、
星の存在にも気付けないんじゃないかって、最近よく星見てて思うんだよ。

「喋々喃々」より

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帰宅すると、すぐ、ピンポーン。
隣の大家さんが。
昼間に排水管の工事があったので、
申し訳ないが念のためあと1時間半は排水しないで、とのこと。

作りおきや試作してみようと思っていたのだけれど、仕方ない。

洗ったりしなくてもよいよう、
冷蔵庫の中にあった、下ごしらえしてたものだけで簡単に夜ごはん。

ここんとこ毎日タジン鍋だ。
使い始めは中で焦がしてしまったりしたけれど
何度かつくるうちに慣れてきた、かも。




タジン/ソーセージ、油揚げ、ブロッコリ、もやし、味噌ソース
バゲット
赤サングリアに苺トッピング
# by 2005_momo | 2010-04-30 22:49 | にがい
タジン鍋/キャベツの鶏マーボー風
温ブロッコリー
納豆

春キャベツと油揚げ、鶏モモ肉の巣ごもり風
昨日のジャーマンポテト
(こないだの三茶の店みたく中濃ソースをちょいかけ)

「普段の暮らし」の隣にあるもの。
忙しい毎日にも「簡単に」とりいれられるもの。
外食ほど敷居が高くないもの。中食。
一人でも、数人でも利用できるもの。
間に合わせた感じゃなく、何かしら「満足感」があるもの。


そんな色々なことを思いめぐらせて
これだなーと行きついたのは、お惣菜。


仕事で疲れて遅く帰ってきても。
ちょっとおかずが足りないなってときも。
一人だけどちゃんとご飯食べたいなってときも。
晩酌のおつまみ程度に一二品だけってときも。
行楽に盛り合わせて持っていきたい、てときも。
出張から帰ってきて何にもないやー、ってときも。

コンビニ弁当ほど味気なくなくて。
スーパー惣菜みたく似たようなものばかりじゃなくて。
インスタント食品食べるより、体が喜ぶ感じがして。
何気なく好きなものを選んだだけなのに、なんだかバランスがとれていて。
店だと一人じゃチョットねぇ…って日は、お持ち帰りできて。
おうちで食べる気分じゃないって日は、お店で食べる事もできて。
今日は飲みたい気分だからって日には、一品だけ頼めて。
食べてみて美味しかったらテイクアウトもできて。
天気のいい日には、何品か選んでお弁当にもできて。

自分の住まいの近くに欲しかった店を考えたら
こういう感じだった。


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私が小学生低学年のころ、
父は単身赴任でいなかった。
母も働いていた。
共働きのカギっ子だった。

母は旧電電公社で、24時間対応の104の番号案内をしていた。
正社員の母の勤務では、
シフト制で決まった曜日の休みもなかったし、
もちろん夜勤や泊り勤務もあった。

あたしが学校から帰ってきて、自分でカギを開け家にいると、
日勤のときは、夕方に母から電話がかかってきて、
「今日はそごうの地下でおかず買って帰るからね。
 7時くらいに家着くから、お米3つ(3合のこと)炊いといてね」とか、
「今日は2つでいいよ」とか言ってくれた。

お米研いでジャーのスイッチ押しとくのは私の当番だった。
そういえば、電話台の下が米びつだったなー。
ボタンを押すとザザーっとでくるやつ。

そして母が帰ってきて、
買ってきてくれたデパートやスーパーの惣菜を盛りつけたり、
おかずを料理してくれる様子を見ているのが楽しかった。
そして強制でもお願いでもなく、自然な感じでお手伝いをさせてくれた。
時々はテレビや本に夢中で、手伝わなかったけど。


夜勤や泊りで、夜ごはんを一緒に食べられないときは、
ご飯と色々おかずを、デパートのレストランみたく
ワンプレートに盛り付けて、ラップして置いてくれていた。
私が学校に行っているとき、出勤前に準備してくれて、
チンすればいいだけにしてくれていた。

おかげで一人で食べる時も、そのプレートが楽しみだったなぁ。
ご飯食べるまでにはまだまだなんだけど、
学校から一度帰ってきて遊びに出る前に、必ずチェックしてた。
今日はどんなおかずかなー、とか。
やったー今日はアタリだー、とか。


本当に、思い返すだけでも、あったかい気持ちになる。
そして働きながら家事をすることの大変さが分かる今となってから、
ありがたくて、
ありがたくて、
ありがたくて。


父の幼いころには、戦争があった。

満州へ疎開してた、ってのをチラリと言っていた事がある。
そりゃその時代、いろんな事に苦労したのだろう。

酔っ払った何かの折に、言っていたのを覚えている。
「もうそんな時代じゃなかろうが、
 お前らには
 金がないとか着るものがないとかひもじいとか、
 とにかく、みじめな思いをさせたくないんじゃ」



だけど、いざとなってみると
ちゃんとその「ありがとう」の表現ができているだろうか?


===================
人間ちゅうのは不思議な生き物でな。
自分にとってどうでもええ人には気ぃ遣いよるくせに、
一番お世話になった人や一番自分を好きでいてくれる人、
つまり自分にとって一番大事な人を一番ぞんざいに扱うんや。

「愛の反対は憎しみやない。無関心や」

誰が自分にとって、一番大事な人か。
仕事でも周りの人間関係でも、一番大事な人をしっかりと認識し、
その人たちからまず喜ばせたり、感謝をするようにしよう。
===================
ある本より。


今回のこのあたしの決意の報告をしたら、
たぶんまた
ものすごく心配をかけるだろうな、とか
泣くんじゃなかろうか、とか
もしかしてさすがに怒っちゃうんじゃないか、とか
最近体調も思わしくない父母には
もう安心させてあげたいな、とか。

精神的にも物質的にも負担を強いてしまうんだろうし、
私の中にもたくさん葛藤があった。


でも、

最終的にこの道を選び取ったのは、
お父さん、お母さん、
二人に与えてもらった環境があるからなんだよ。
それを私も、少しずつでも、誰かに与えていきたい。
そう思ったんだよ。

ってこと、
ちゃんと、しっかり、まっすぐに伝えなくちゃ。

# by 2005_momo | 2010-04-28 23:59 | にがい
今日は428。
内観。
自分の内側を見つめなおす日だった。




私が「食」を仕事にしたいと思ったきっかけを思い返してみる。

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7年前、フリーランスとなって上京したはいいものの、
3か月くらいはこれといった仕事もなく、
でも近しい仲間で何かやりたいね、と色々と話していた。

そうするうちに舞い込んだコーディネーターの仕事を手がけてから、
毎月、そのお客さんのところに行くようになった。

そのご夫婦には、幼稚園の姉妹がいて。
当時2歳半くらいだった下の子は、
ほんと、赤ちゃんみたいに体がちっちゃくて。
極度の人見知りで、何にもしゃべってくれなくて。
ほとんど何も食べない。
食べたとしても、たとえ話ではなく、
本当に小鳥がついばんだ程度しか食べなくて。

父の影響か、飲み会や食事会などで、食が進んでいない人がいると
気になってしょうがなかった性分の私。
でも、子供、しかも心を開いてくれていない子供に対して
一体どうしていいのかわからない。

毎回夜ごはんのたびに、心配なような不安なような、
悲しいような苦しいような、そんな落ち着かない気分だった。ずっと。

でも一年ほど経って私にもなついてくれた頃、
上のお姉ちゃんが小学校にあがってからかな。

夜ふかしをやめて、生活リズムがすこしずつ整ってきたら
ほんとうに、少しずつだけど、
食べる量も増えてきたり、みずからお腹へったと言ってきたり、
それにつれ、自然に人見知りもしなくなってきて、
大きな声もだすようになってきて、笑顔をみせる回数も増えてきた。

そういう過程を見ていて、とってもうれしくて。
もちろん要因は、食だけではないのだけれど、
食がまったく無関係なわけはない。

よその子の成長を見ていて、
子供の成長に、食べる物も、その事も、その時も、
ぜんぶ密接に素直につながってしてるんだなー、と実感した。
うれしいのと、驚きと、同時に感動してした。
でも、相変わらず体格は平均以下だったけど。


逆に、上の子は食べすぎの感があった。
食に対して少々貪欲な面が。

幼稚園児なのにファミレスで大人メニュー。
ハンバーグ&チキンソテーのセット(ライス普通盛り)を平らげるほど。

自営業のため、祖父母が面倒をみることが多かったので、
幼いころから祖父母の外出や旅行に同行して、外食が多かったせいだろう。
同い年の子らの中では、体格も大きかった。
このままの食生活だと、肥満児になるんじゃないかと心配になった。

同じ家庭内の、たった2歳違う子供、
ちょっとした要因がこんな差を生んでるのが不思議だった。

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大きくなれば、ある程度自分でコントロールが可能になる。

でも、自分で選びとれない小さいうちは、
周囲から与えられるものを無条件に受け入れるしかない。

そして、それが10代の成長期の嗜好につながって、
よほどの事がない限りそのまま大人になっていく。
そして、その大人が子供を育てていく・・・・。


そう考えていくと、
それって、ほんとうに大変な重大なことだよね!


そう気付いてから、ぼんやりと、
これからの私に何かできる事があるんじゃないか、
という思いがじわじわと込み上げ、
そして、いつか、という夢になった。

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ちょうど「食育」という言葉が一般にも言われ始めていた時期だった。

当時しばらくは、子供が食に興味を持つように、
親子でできる料理教室なんかいいなーなんて考えていた。
ワークショップみたいな。

でも、それは、
ステキでひとつの手段なんだけど、
それができるのって一部の人だけだったり、一時期だけだったり。

技術や信頼や安全性やノウハウやマンパワー、
色んなものがたくさん必要なわりに、
イベントとか習い事のひとつになってしまい、
浸透しない、いつまでも続かない気がしていて。
私にできること、ずっと何だろうなーと考えていて。


子供じゃない。

与える側の私たち大人の、
意識や行動が変わらないとだめなんだな、と思った。

生活は、食事は、毎日のもの。
日常。暮らし。暮らすこと。

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「全部無農薬で、これをこうして食べなさい」
「これは食べちゃ駄目」なーんて言われても、
そうなんだろうなとは思えても急には変えられないもの。
ただの押しつけだし情報だけだと、続かないよたぶん。
何より私自身が、そーゆーのって無理。
きっとそんな人が大多数なんだろう、と私は思う。


ふだんの暮らしの「となり」にあるもの。
忙しい毎日にも「簡単に」とりいれられるもの。
外食みたいにたまに、じゃなくていい。中食。
一人でも、数人でも利用できるもの。
間にあわせた感じゃなく、何かしら「満足感」や「充足感」があるもの。
そして、何よりおいしいこと。飽きないこと。

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そんな色々なことを思いめぐらせて、
これだなーと行きついたのは、お惣菜。


仕事で疲れて遅く帰ってきても。
ちょっとおかずが足りないなってときも。
一人だけどちゃんとご飯食べたいなってときも。
晩酌のおつまみ程度に一二品だけってときも。
行楽に盛り合わせて持っていきたい、てときも。
出張から帰ってきて何にもないやー、ってときも。

コンビニ弁当ほど味気なくなくて。
スーパー惣菜みたく似たようなものばかりじゃなくて。
インスタント食品食べるより、体が喜ぶ感じがして。
何気なく好きなものを選んだだけなのに、なんだかバランスがとれていて。
店だと一人じゃチョットねぇ…って日は、お持ち帰りできて。
おうちで食べる気分じゃないって日は、お店で食べる事もできて。
今日は飲みたい気分だからって日には、一品だけ頼めて。
食べてみて美味しかったらテイクアウトもできて。
天気のいい日には、何品か選んでお弁当にもできて。

自分の暮らしの近くに欲しかった店を考えたら
こういう感じだった。

# by 2005_momo | 2010-04-28 23:59 | にがい
鶏もも肉バルサミコソースのタジン鍋
春キャベツとソーセージのジャーマンポテト

気恥かしくて少しためらったけれど、
あたしのスペースであるここに残しておかないのは
もったいないと思ったので。





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ほんの些細なつながり。
それだけで、うれしくて。
これほどほんわかするのは、いったいなぜなんだろう。


なんかもう、
相手がどうだ、
状況がどうだってことじゃなくて、

なんかもう、
自分があるだけでいいって思えることがあるんだな。


いろいろな要素や数字を拾い出して、
それらを足したり引いたり掛けたり割ったりして
答え(=気持ち)を導き出すのではなくって、


もう、答えだけが、そこにある。


そういう事なんだなぁ。


穴埋め問題みたく、
どれとどれを足して答えがでたのか
なんて、意味もないし、
とるに足らないことなんだよね。


そういう事に生まれて初めて気付いた。

そういう事に気づけただけで、
そういう気持ちにさせてもらえただけで、
出会えたことに、すごく感謝。
ありがとう。

ご本人はなんのこっちゃ、と思うのでしょうが。


たとえどこにも届かなくっても、
それはそれでいいんだ。
自分の中に、ちゃんと持っていれば。

今は、そう思える。
いつか欲がでちゃうかもしれないけれど、
そうなっちゃったとしても、それはそれでいいんだ。きっと。


とはいいつつ、
起こる出来事に一喜一憂しちゃうんだろうけどなー。


More
昨日、美容院あとにスタバでぼんやり。
頭の中から例のコトが離れません。。。
店をオープンさせるまでは、うつつを抜かしている場合じゃないと思いつつ。。。


小雨の中ふと思い立って、
そしたらいてもたってもいられなくなって、青山ルチルへ。

店内フラッと見てみて、
もしも空いていたらブレスの状態を観てもらうかなーと
軽い気持ちで行ってみた。


出店のこと。
そして。。。

ぼそりぼそりと少しずつですが言われた中で、
3月に何かありませんでした? 
と、ズバリ。ドキリ。

4月5月は、物件かどっちか、縁が出てくるかも、と。
どちらにせよ、今月は大切に過ごしたほうがよさそう。

そして、ストレスたまると食に走るから、
胃腸痛めたり太ったりに注意、て。たしかに。
苦い食べ物、かー。

6月に大きなお金が出ていきやすいから、
焦って高い物件に決めたりなどしないよう気をつけたほうがよいかも、とも。


ブレスはリニューアル。
新しく、ロードクロサイトやムーンストーンが仲間いり。

これまで使ってたブレスは、まだ元気な石だけ残して
ストラップにしていただきました。


これで何かが即解決、ていうのじゃないけれど、
気分が少しリフレッシュ。

変な焦りやもやもや感が少しだけ落ち着いた、かも。